T's活動館

タノツキ(T's)の創作・制作活動の告知や感想等のブログサイトです

少しわかって、またわからなくなる。

…ハイ、ただの病人に成り下がっております、タノツキです。

わりと頭の中だけだと、元気も少し取り戻している時間もあるので、こうしてまた何かしら書いたりしております。まだ、少し悩んでいますが、もうあと何回かで、このブログも停止させるかもしれません。その前に、今まで気遣ってくださった方々に、何かできればと、なにか誤解が解ければと…様々な思いから、こうして記事を書くに至っております。

 

 

今回は、私を長年悩ませている病気についてです。

数ヶ月前の検査で、ある程度正体がわかったので、それについて、つらつらと書いていこうかと思います。同じような苦しみを持つ人も、もしかしたら居るかもしれません。私がこうして書く事が、そういった方の代理で心の内を書き出す、という事にもしもなれたなら、幸いです。全く関係無いかもしれませんが…;;

 

では、続きはたたみます…

 

 

 

…えーっと、精神的な問題は元よりありましたが、体の痛みなどに直結している病気がわかりました。精神、神経の疾患で、略称は…なんだったかな…(←

 

とにかくもアレです、たまにSNSなどで、自分がこうであると漫画など描いて伝えていらっしゃるのが、かなりRTされたりで伸びますよね。「周りの音が同じ音量で耳に入ってくる」「聞き取りたい音を選別できない」「音の波が一気に入ってくるようで、具合が悪くなる」…ようはこれらの、精神的感覚過敏、だそうです。私も、周囲の音を選別できずに、たくさんの音を同じ音量で聞き、日々具合を悪くしています。

 

そして、私はこれの、もっと酷いものだそうで。

感覚の過敏。それから、物音・振動・果ては自らの心音までもが苦痛になり、それらが異常になった神経が受け取り、筋肉を酷く緊張させ、それが痛みとなる…という事だそうです。難しいですね。

 

私が憂鬱になったときの決まり言葉に『世界が私に優しくない』とあるのですが、笑い事ではなく、事実そうだったというわけです。外に出れば、騒音はつきものです。車やバイクの爆音、女性のヒール靴の音と響き、甲高く大声で喋る人、工事や機械の揺れ…一歩外に出れば、私はあらゆるストレスのもとに、身を守ることなどできずに晒されます。日々の積み重ねでずっと強張り続けた筋肉は休まることができず、体の為にと行うストレッチも追いつきません。私の周りから、私がストレスを感じるものが全て無くなれば、いずれ治るかもしれません。しかし、現実そうはいかないですよね?世界は私を中心には、回っていないのですから。

 

そうして、ストレスがストレスを呼び、様々な異常を次々引き起こし、治らないから悪くなる一方なのです。

 

 

…私は、この検査結果を知らされた時、まさに絶望の2文字でした。

そんなの、治るわけないじゃないか…と… 今でも、どうしてもそう考えてしまいます。だって、毎日痛くて痛くて、憂鬱なのが現実なのですから。

 

そんなこんなで、私は今は、自分に何も望まない事を選びました。何もしない。とにかく、何もしない… 下手に何かしようとして、また不調のせいでうまくできなかったりすると、そろそろ長年抑えてきた破壊衝動まで抑えられなくなりそうなので。私がこれから、活動を停止するのは、ある意味自己防衛であり、またある意味、他人を傷つける危険を避ける為です。

 

私が、始めに自分の不調の事について、説明した記事を読んでくださった方は居るでしょうか。あそこに書いてあるように、私は常に、別人格の自分がすぐ傍に潜んでいるような状態だと書きました。おそらく普段である今の私と、ひたすら全てを悲観する私。ただ、最後のひとつ、激しい怒りの塊のような自分が表に出てくるには、条件があります。それは、普段と、悲観の私が消えて、怒りの塊だけが残ること。

 

その時だけ、私は記憶を殆ど失います。気がついたら、誰かが怪我をしていたり、私の額から血が流れていたり…覚えがありません。当時の周囲の人や知人が言うには、誰かが怪我をした時は普段見せもしないように激しく暴れまわっていたり、額から血が出ていた時は、突然クラスから居なくなったので探し回ると、誰も居ない物置部屋の机に、規則的なリズムで何度も強く頭を打ち続けていたとか…怖いですね。自分も怖いです。何よりも、その時に記憶が無いのが1番怖いと思いました。

 

普段溜め込んでいるストレスを、全く抑えられなくなった時に、こうした1番恐ろしい自分が出てくるのだと思います。今の状態で、それが出てくるか出てこないか、というのは、勿論予想なんて出来ません。ただ、もし出てきてしまった時に、私自身も、周囲の人にも、色んなものに大変な迷惑をかけるでしょう。迷惑というレベルでは済まないかもしれません。

 

 

これからきっと、長い間、私は憂鬱な毎日を生きていく事になるでしょう。もしかしたら、今は無い無いとは思いつつ、いつかは本当に、自ら命を絶つ可能性も、ゼロとは言い切れません。

 

でも、辛い期間を乗り切ったなら。私の不調が、いつか快方へ向かったなら。

その時はまた、何かをできればな、とは思っています。

一応、まだ、全てを諦めたわけではありません。

 

 

全ての人の苦しみを知っているわけではありませんが、私も病気を持ち、精神的にも肉体的にも苦痛を味わってきています。健常な人から理解されずに、厳しい扱いを受けて泣きたくなった、泣いた事だって何度もあります。

 

そして、私は別に、自ら死ぬことを悪いとは思いません。他人の辛さは計り知れません。どうしても死にたい時は、その道を選んでも良いと思います。…まぁ、極力他人に迷惑のかからない方法を薦めたいですが。そういう考えです。

 

 

とにかくも私は今は、体が思うように動かないので、休む事を選びます。たとえ惨めに思えても、何も出来なくても、とりあえず、ずっと休みます。

 

そうしていつの日か来るかもしれない、希望を少しだけ期待して待ちます。

私はそうする事を、とりあえず今は、選ぶ事にしています。